コラム

第3回 嗅ぐ

色づく銀杏

色づく銀杏

お香

お香

焼き鳥

焼き鳥

嗅覚システム

嗅覚システム

曖昧な秋でしたが、よく晴れた日には銀杏並木も黄金色に輝き、歩道に落ちた銀杏が踏みつぶされ強烈な匂いが立ち昇りました。銀杏の匂いは鼻がまがりそうですが、一般にヒトの嗅覚は犬などに比べれば鋭いと言えません。ヒトは鳥類、霊長類とともに視覚優位の生き物で嗅覚は退化していると言われています。

昆虫や動物のコミュニケーションではフェロモンが重要で一連の本能行動を引き起こしますし、親子の識別にも有用です。フェロモンを感ずるのは鋤鼻器官という特別の嗅覚器官ですがヒトでは退化しました。ところが、ヒトの乳児は母親を嗅ぎ分けることが知られていて、誕生直後には鋤鼻器官の役割があるとすれば系統発生的には興味深いことです。

匂いの記憶は消えにくく、一瞬で過去の情動を呼びさまします。2019年に「プリズンサークル」というドキュメンタリー映画が上映されました。これは坂上香監督による島根あさひ社会復帰促進センター(刑務所)における「治療共同体」の対話的グループ治療の記録ですが、許可を得るまで6年、さらに2年かけての取材でした。臨床心理士がリードする対話で受刑者が自らの生い立ちを語っています。5歳頃母親とお風呂に入り、その時のシャンプーの匂いが忘れられないという。その情動記憶が受刑者の再生を支えるかもしれません。